人工視覚の種類
世界各国で研究開発がおこなわれている人工視覚。
いろいろなタイプの人工視覚が提案されています。
「視覚に関係する神経組織(例えば網膜)を電気刺激し、疾患などの影響が少ない、残りの機能する神経ネットワークを生かして、視覚情報の電気信号が脳に伝達されるように補助する」。これが人工視覚の基本アイデアです。このアイデアは合理的で実現可能性があることから、世界各国で研究開発がおこなわれています。
そのシステムの仕様は1つではなく、現在の技術から推測できる各種デバイスの開発可能性や、疾患の状態、刺激の対象とする神経組織、その視覚ネットワーク内での役割、など、種々の条件をもとにいろいろなタイプが考案されています。その中でも特に研究開発がおこなわれている代表的なタイプをここでご紹介します。分類の仕方はいろいろありますが、一般的には、電気刺激の対象とする組織と電極の関係によって大別されます。
なお、生体と直接接し、刺激をおこなう体内デバイスである電極のみに、必要な全ての機能を持たせることは、いずれのタイプであっても、当面の技術では不可能なため、体外にもいくつかのデバイスを装着し、生体内の電極や他のデバイスと共にシステムとして利用することが設計の前提です。
人工視覚の電気刺激のターゲットとなる主な組織



1.網膜を刺激するタイプ「網膜刺激型」
生来の視覚ネットワークで最初に電気信号が発生する視覚神経組織である網膜。この網膜を電極で刺激するタイプが「網膜刺激型」です。このタイプは「人工網膜」とも呼ばれます。
網膜は立体的層構造を持った膜状の組織です。この膜をどの方向から、どのように刺激するか、いろいろな選択肢がありますが、大きく3つの方法があります。
●網膜上刺激型
網膜上から網膜を電極で刺激するタイプ。眼球の内側に多点電極アレイが網膜表面上に設置されます。この電極位置で難しいのは、平面状のアレイを眼球のカーブにうまく沿わせること、そして複数の電極それぞれが網膜と同じ距離を保つようにすることです。そのためのアレイの加工や固定の手術法の開発が課題です。アメリカで最初に開発され、各国で研究がおこなわれています。



●網膜下刺激型
眼球の外側方向、つまり網膜の下側に電極アレイが設置されます。基本的には、本来の視細胞と同様の機能を持つチップを開発し、視細胞と同じ場所に置き換える、という発想です。電極アレイの固定には、眼球の内側から外側に向かう力(眼圧)を利用し、生来の眼球運動も利用できると想定されますが、手術が複雑で、またチップへの術後の電力供給などの課題があります。主にフランスで研究がおこなわれています。



●脈絡膜上経網膜刺激型(STS方式)
網膜上刺激型と網膜下刺激型の課題を軽減する第三の方法として、ニデックが参加する日本の人工視覚プロジェクトが考案した日本独自方式です。眼球の一番外側を覆っている「強膜」という組織内に刺激電極アレイを設置し、刺激装置内に帰還電極を置き、これらのふたつを使って、外側から内側方向に電気刺激します。他の方式に比べて組織への安全性、電気刺激の信頼性が高く、比較的丈夫な組織へのインプラント手術といった利点があります。この日本のSTS方式のような、網膜を貫通させるタイプの電気刺激については、日本に続いて他国でも研究が開始されました。



人工視覚のさまざまなタイプのなかでも、網膜を刺激するタイプの研究が一番多くおこなわれています。その理由として、網膜以外の他の刺激部位に比べ、外科的にアクセスしやすい、という利点が挙げられます。また、網膜の神経細胞の位置と、視野内での位置には、対応関係があることが知られています。網膜の中心部は視野内の中心部に対応しており、周辺部の網膜は、視野内でも周辺部に対応しています。そのため、網膜の中心部が障害されると、視野の中心部が見えにくくなる、といったことが起こります。このような関係をうまく利用できれば、あるパターンで網膜を刺激すると(下図の例では「N」の文字)、脳内でも同じパターンが認識されることになります。
網膜刺激ではこのような画像の2次元的情報の伝達が、パターン刺激によって得られると考えられています。



2.視神経を刺激するタイプ「視神経刺激型」
「視神経」という神経組織は、「神経節細胞」という網膜の出力細胞の、神経線維の束で構成されています。この束は眼球から外へ出ていき、脳の神経細胞と接続しています。この視神経の外側から、フィルム状の基板に電極が植え込まれたアレイを巻きつけるカフ型電極タイプや、眼内からワイヤ電極で刺激するタイプの人工視覚が提案されています。網膜刺激型のように、網膜と画像の2次元的な位置情報の対応関係を利用しなくても、システムのソフトウェアの開発をすれば、一定の画像の再現が可能であることが研究によってわかり、この方式も実現性が高いと考えられています。
視神経刺激型



3.脳を刺激するタイプ「脳刺激型」
脳の視覚をつかさどる領域「視覚野」を電極アレイで刺激するタイプの人工視覚です。頭の後ろの下のほう、ちょっと出っ張った所あたりに視覚野はあります。脳は視覚情報ネットワークの最終地点です。よってこの最終地点をうまく刺激することで、人工的な視覚としての画像を再構築できるのであれば、ネットワークの出発点である眼や、中継地点の神経細胞が障害された状態であっても、最終的に人工的な視覚が成立するのではないか、と考えられます。
近年は、海外のグループを中心として脳刺激型デバイスの研究が盛んにおこなわれており、患者さんに協力してもらった一定期間の刺激試験の結果から、刺激電極の位置と人工視覚との関係性などの知見が得られています。一方、電極を脳に設置する手術は、眼球に対する手術と比較して大掛かりとなるため、術中、術後のリスクなど、安全性の課題解決に向けても多くの取り組みがおこなわれています。
ここで紹介した以外にも、脳の外側膝状体という部位を電気刺激するタイプや、電気刺激ではなく、神経伝達物質を利用して視覚ネットワークを化学的に刺激するタイプ、オプトジェネティクス技術とデバイスを組み合わせたタイプなど、人工的な視覚の創出について、さまざまな研究が世界でおこなわれています。


